僕が、結婚し、子供が生まれて、大手企業を辞めた理由

僕は東京大学を卒業し、某財閥系のメーカーに勤めた。
そこでは、「研究員」として働いていた。
当初は3年くらい働いて「社会人」というものを一通り学んだら、あとは辞めて、好きなスポーツ系メーカーに勤めようと思っていた。
1年目は何が何だかよく分からないまま終わった。一応、1年目は会社も「勉強期間」と見ているので、大した成果が無くてもよしとされる。まぁ、同期とワイワイするのは楽しかった。
2年目はなぜか急にキツくなった。上司の無茶振りな仕事。「これをやれ」と言われても、まず「この研究にどんな期待効果があるのか?」が考えても分からない。上司に聞いてもさらに分からない。
「いいから黙ってやれ」
の一点張り。
人間、「朝に穴を掘って、夕方に埋める」という無意味な仕事を続けると、精神的に病んで頭がおかしくなるらしい。
この仕事はまさにこれに似ていた。
ある程度経験を積んで要領を得ている社員なら、仕事の意味を感じなくても、あれこれ考えずにササッとこなせるのだろうが、入社2年目にそれを求めるのは時期尚早も甚だしい。マネージャーとしての仕事の放棄とも言える。それでも会社は成り立つのだから、大企業はイイ環境だ。
会社の机でふと涙が流れたのは、後にも先にもこの2年目の時だけだろう。
3年目は上司が代わり、この上司は結果に厳しいながら、手取り足取り仕事のノウハウを教えてくれた。大変だったが、入社して初めてちゃんとした仕事のスキルを身につけられた。
さて、仕事のノウハウも教えてもらったし、そろそろ辞めようと思っていた矢先に来た「子会社への出向」の話。
断るのも何となく出来ず、流れに身を任せて出向することに。辞める覚悟も全然出来てなかったしね。
で、出向先は今までの研究所とは違い、こちらは生産現場である工場。日々のスピード感がまず違った。「早い」というより「テンポがいい」という感じ。
この「テンポ」が割と自分には合っていた。

研究所の比較的内向きな性格の人よりは、関西のノリの闊達な人が多かった。
仕事が楽しかった。没頭した。要領は悪かったが、朝から夜中まで仕事するのが全然苦じゃなかった。
「親会社からの出向」という立場もちょうどよかった。親会社も子会社も、アレコレ細かく指示してこない。自分のやりたいことを、やりたいようにやれた。現場のための仕事が出来、ダイレクトに喜びの声を聞くことができた。研究所では絶対無かった充実感だった。楽しいと成果も上がる。それでまた仕事がもらえた。「仕事の報酬は仕事」。本当にそうだと思った。連鎖的にドンドン仕事が楽しくなる。ますます辞めれなくなる。「3年で辞める」という自分との約束に言い訳していたのかもしれない。「今忙しいから」と。
出向して3年。あっという間だった。親会社に戻ることになった。
しかし、いざ戻って来た時、俺は居場所を無くした気がした。
そこから俺の地獄が始まった。

(続く)

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