僕が、結婚し、子供が生まれて、大手企業を辞めた理由 〜その2〜

そんな時、イヤフォンから流れてきた歌の歌詞が妙に心に響いた。

ブルーハーツの「情熱の薔薇」だ。その曲の中の1番盛り上がる部分、

「答えはきっと奥の方

心のずっと奥の方」

という歌詞だ。

そうなんだ、頭では表面的で現実的な損得計算しかしていないが、

心の中では今やっていることに対し「NO」を出し続け、

思考と行動にブレーキをかけ続けている。

僕は一時期、会社員時代にマラソンやトライアスロンに打ち込んでいた。

 

こういう持久系の競技は、まさに「孤独」との闘いだ。

 

この孤独な時間は、体力的なツラさをまぎらわすためなのか、

 

 

特にランニング中は、哲学的な思考が頭の中を駆け巡る。

 

 

 

かのトーマス・エジソン曰く、

 

『最上の思考は孤独のうちになされ、最低の思考は混乱のうちになされる』

 

「エジソン」の画像検索結果

 

 

ランナーズハイ。太陽、大地、風をダイレクトに感じ、自然と一体化する感覚。なんて気持ちいいのだろう。

 

そのような境地に達すると、世の中の資本主義的なものを空から俯瞰して見ているように思えてきて、そのうちに否定的に思えてくる。

 

いつからか人は、汗をかかなくなった。

 

いつからか人は、脚を動かさなくても遠くのところ、高いところに行けるようになった。

 

周りの社員からは、子供が生まれただの、そろそろ家を買う時期だなどの話が聞こえてくる。

 

僕にはそれが到底理解できなかった。

 

なぜ、この1つの会社で一生勤め上げる決断をこんな若くしてしているのだろう?年配の社員を見ても、「優秀な」先輩はたくさんいたが、僕が「ああなりたい」と思う先輩は1人もいなかった。そう思った時に、この会社でこのまま頑張る気は一気に失せた。

 

 

 

 

 

しかしそれでもなかなか辞めることは出来なかった。

 

僕の友人や大学の先輩、後輩の中には、いい大学→いい会社というレールから飛び出し、自分の好きな事をやっている人もいる。

 

好きな事をやっていると言っても、安定した収入は無く、必死でオールを漕いで、荒波の中を進んでいる。戦っている。

 

俺は、上司にグチグチ言われながらも、巨大客船の中のただの一船員として、何もしなくてもメシは食え、船が沈むこともなかった。

 

そんな安定した甲板の上から、荒波に浮かぶイカダに飛び移るなんて、到底出来るわけなかった。

 

しかし俺には、客船の向かう先には大きな岩礁がある気がしていた。

 

早く、飛び移らなければ、全員死んでしまう。

 

でも、飛び移れない。

 

 

 

そうやって2年が過ぎた。

 

 

 

僕が走りたい道は僕のすぐ横を走っているのに、僕は今走っているレールからなかなか飛び出すことは出来なかった。

 

僕は、自分のしている仕事が、自分の理念と相反する内容であることを常々自覚していた。

 

極端な話、「兵士が戦争で人々を殺している」ような感覚だった。

 

爆弾を落とし、多くの人を殺した。

 

自国の国家はあなたを英雄と称え、

 

一生涯の生活の保障を与える。

 

そのお金で家族を養い、子供を学校に入れる。

 

兵役中は緊張感もあり、精力的に自分の任務を遂行しているが、

 

兵役か解かれて普通の市民に戻った時に、

 

多くの兵士は自分の殺戮行為を悔やみ、PDHDになる人が多いという。

 

 

 

そう考えると、一向に仕事の手は進まない。

 

ブレーキを踏みながらアクセルを踏む感覚。

 

僕の心はみるみる消耗していった。

 

俺は「自分の心」を最優先させる行動を取ることにした。

 

 

 

 

そして、上司に退職願を提出した。

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