奈良ナンパ奮闘記 その1 〜地蔵編〜

期せずして、クリスマスの時期に奈良に行くことになった。

人生の時間の98%を1人で行動している。

今やクリスマスは、「クリぼっち」という言葉が生まれたように、1人で過ごすことは「負け組」であるかのような風潮がある。

殊に女性は男性の50倍は「クリぼっち」を嫌うので、

この時期はナンパ市場も活況らしい(ネットによると)。

そういうことからすると、

僕は「負け組中の負け組」ということになるのだが、

僕が1人で居ることには確固たる信念がある。

それは、

「人は弱いから群れるのではなく、

群れるから弱くなる。」

ということだ。

1人でいる時間は、

常に自己鍛錬の時間であるということ。

「1人が好き」

という人もいるだろうし、

僕も1人で好きだから1人でいる。

しかし、「孤独感」を感じないわけではない。

むしろ、人一倍「孤独」を辛く感じているかもしれない。

だからこそ、今日も行く先々で出逢う人に声を掛け、

その人の持つ「世界」にお邪魔させてもらいたくなるのだ。

そうすることによって、日々、少しずつ自分の世界の面積を広げ、

人間の「幅」を広げていく。

街では、数人の男たちのグループで女性グループとキャッキャしていたり、

忘年会シーズンで、上司と部下という関係で、おっさんと若い女性社員が酔っ払って街に歓喜の声を響かせている光景があちこちに見られる。

しかし彼らは、すでに「閉じた」世界で戯れているだけであって、

その時間によって生まれる喜びは、

せいぜい次の日の昼休憩に、3分ほどで消費される話のネタだけだろう。

「孤独感」こそが、自己を磨く活動「ナンパ」には最も必要な要素だ。

だから敢えて僕は特定の人とばかりは付き合わず、

色んな人に話すことにしている。

とはいえ、僕はまだ「ナンパ師」と名乗れるほどの経験はなく、せいぜい、店員とちょっとした会話ができるくらいの、「女の子と普通に話せる男」に毛が生えたくらいのものだった。

それでも、小・中・高・大、そして社会人になってからも、女性への苦手意識が抜けきらなかった僕としては、めちゃくちゃ成長している。

それでも、店員というものは客と話すのが仕事のため、ナンパの「最初の壁」といわれている「声掛けの壁」がすでに越えている状態だ。

まずは会話のトレーニングと思い、ほぼ毎日、カフェや居酒屋の女性店員に話しかけている。

しかし、店員ナンパも卒業し、普通の通行人などに声掛けしなければ次に進めない。

そう思い、クリスマスイブイブの12/23、僕はストリートに繰り出した。

しかし、、

ダメだった。。

「地蔵」ってやつだった。

可愛い子が歩いていても、

声を掛けないまま素通りしてしまう。

これは僕のマインドの問題だった。

「無視されたらどうしよう?」

「バカにされたらどうしよう?」

「相手のタイプじゃなかったらどうしよう?」

そんな思いがうずめく。

タイプの子ほど、足が固まり、

ただその子の将来の幸せを願って見守る、

本当の「地蔵」になってしまうのだった。

通常、ナンパなんかしていなかったら、可愛い子が素通りするのは当たり前と思って何の精神的ダメージもないが、

ナンパを始めたことによって、

可愛い子が通過するたびに「1敗」の烙印が僕の心の中に押されることになった。

ただただ夜の奈良の街の風景を眺めているうちに、時間は20時半にもなってしまった。

「そろそろ、仕事しようかな、、、」

夜の方が仕事がはかどる僕は、

ナンパを切り上げ、アーケード内の電源の使えるカフェに入った。

〜続く〜

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